2019年04月12日

高田恭子(みんな夢の中)

高田恭子(みんな夢の中).jpg


高田恭子


京都府出身の歌手

京都のアマチュア・フォークシーンで活躍した後、1967年、「大塚孝彦と彼のグループ」を経て、マイク真木が結成したGSバンド、ザ・マイクスに二代目女性ヴォーカリストとして加入、シングルを一枚残す。

その後カンツォーネに興味を持ち、独学で練習。

1968年「第一回カンツォーネコンクール」で優勝。

1969年に「みんな夢の中」でソロデビュー。


みんな夢の中


1969年3月1日に発売された、高田恭子のソロデビュー・シングル

作詞・作曲:浜口庫之助

当曲のロング・ヒットで、「第11回日本レコード大賞」ではピーター、はしだのりひことシューベルツ、内山田洋とクール・ファイブ、千賀かほると共に、新人賞を獲得した。

「第20回NHK紅白歌合戦」にも初出場を果たした。

Wikipedia

60年代らしい動画で白黒映像です。

高田恭子さんは、今でも歌手として活躍しているみたいですね

ビートたけしの思い出の曲とのことで、夏川りみが唄っています。

村上紗由里というシンガーソングライターがカバーしていました。










夏川りみ


村上紗由里



posted by aritama at 15:06| Comment(0) | 60年代ヒット曲

2019年04月05日

村上幸子(酒場すずめ)

村上幸子(酒場すずめ).jpg


村上幸子


新潟県村上市(旧・岩船郡荒川町)出身の演歌歌手

1979年に『雪の越後を後にして』でクラウンレコードから歌手デビュー。

1984年の「酒場すずめ」が人気を集め、歌唱賞レースに参戦した。

1988年にリリースされた「不如帰(ほととぎす)」を自らの勝負曲と位置づけたが、歌詞の一部が当時昭和天皇が重体で「時期的にも適切な表現とは言えない」という理由から放送中止(自粛)になったというエピソードを持っている(「不如帰」の歌詞中に「血を吐く…」という形容の表現があり、当時昭和天皇は下血・吐血を繰り返し、危篤と小康状態を往復していたためこのことを気遣った放送局は同曲の放送を自粛した。)。

後に「不如帰」は瀬口侑希がカバーした。


酒場すずめ


1984年に発売された村上幸子の三枚目のシングルヒット曲

作詞:山田孝雄/作曲:四方章人

和田青児がカバーしている。

Wikipedia

いい曲ですよね!もっと大ヒットしてもいいなと思える曲です。「ちゅんちゅん ちゅんちゅん」という歌詞の部分がよいです。

和田青児のカバーも掲載しました。

放送中止になったという「不如帰」もいい曲です。動画ありましたので掲載しました。瀬口侑希のカバーも掲載しました。

村上幸子は31歳の若さで死去しています。








和田青児


村上幸子「不如帰」


瀬口侑希「不如帰」



posted by aritama at 15:17| Comment(0) | 村上幸子