2018年07月29日

バーブ佐竹(女心の唄)

バーブ佐竹(女心の唄).jpg



バーブ佐竹


北海道釧路市出身の演歌歌手

本名は佐武 豊(さたけ ゆたか)

芸名は、本名の「佐武」を「さぶ」と読み間違えられることが多かったため、正しい読みの「さたけ」に「竹」を充て、竹を英訳した「バンブー (bamboo)」から「バーブ」を冠したものである。

22歳の時、歌手を志して上京。

流しのギター弾き・ナイトクラブの専属歌手など長い下積み生活を経て、1964年『女心の唄』でレコードデビュー。

250万枚を超える大ヒットとなり、翌1965年の第7回日本レコード大賞新人賞を受賞。

NHK紅白歌合戦にも同年から4年連続で出場した。

独特の低音の歌声は「バーブ節」と呼ばれ、その後も『ネオン川』、『カクテル小唄』などがヒット。

また、特徴的な顔立ちを表した「顔じゃないよ、心だよ」のキャッチフレーズは流行語となり、牧伸二、菅原洋一らと「モスラ会」を結成して話題になったこともある。


女心の唄


1964年12月にバーブ佐竹がリリースしたデビューシングル

バーブ佐竹の代表曲である。

作詞:山北由希夫 / 作曲:吉田矢健治

本作を手にするまでのバーブは、北海道のネオン街からスタートした流しの歌手で、のちに東京に移住し、バーで歌っていた。

本シングルは200万枚以上を売り上げて1965年の大ヒット曲となり、第7回日本レコード大賞で、新人賞を獲得した。

wikipedia

久々にこの曲を聴いて懐かしいと思いました。私は子供でしたが、この曲のヒットはよく覚えています。200万枚以上の売り上げですので、その当時はTVで頻繁に流れたと思います。

バーブ佐竹は、流しだったとのことで、ギターを弾きながら歌うデビュー当時の動画がありました。貴重ですね







posted by aritama at 14:43| Comment(0) | 60年代ヒット曲

2018年07月20日

扇 ひろ子(新宿ブルース)

扇 ひろ子


広島県広島市出身の演歌歌手

幼い頃から歌好きの母に連れられ歌謡学院などで歌う。

相愛高等学校卒業後の1963年、日本コロムビアと契約。

1964年8月6日の広島平和記念式典で石本美由紀作詞の「原爆の子の像」をデビュー曲として歌った。

千羽鶴を折りながら原爆症で亡くなった佐々木禎子をしのぶこの歌は原爆遺児の一人として歌いたかったという。

しかし、版権を広島市に寄贈したため、公式デビュー曲は同年発売の「赤い椿の三度笠」となる。

同年、同じ日本コロムビアから、小林幸子、都はるみがデビュー、このため会社としての扇の推しは全くなかったという。

NHK紅白歌合戦に2回出場という実績を持つ。

また、女優としても活躍し、任侠映画の女侠客役で、1969年の日活『昇り竜鉄火肌』の主演を始め、映画にも多数出演。

任侠映画では、東映の藤純子、大映の江波杏子と共に「日活の扇ひろ子」として人気を博す。

他、1971年の東宝『闇の中の魑魅魍魎』や1972年の東映女囚さそりシリーズ第1作『女囚701号/さそり』の準主役の女囚役などが有名。


新宿ブルース


1967年の大ヒット曲

作詞:滝口 暉子、作曲:和田 香苗

同曲は「新宿以外の地方の人は買わないだろう、それに暗い歌」と周りから反対されたが、哀愁を帯びた歌は大ヒットし、ご当地ソングの先駆けとなったといわれる。

wikipedia

新宿とつく歌はたくさんありますが、曲名に新宿と最初につけたのが、この曲なんでしょうか

梶芽衣子のカバーもありました。







梶芽衣子

posted by aritama at 14:17| Comment(0) | 扇ひろこ