2018年11月16日

原みつるとシャネル・ファイブ(稚内ブルース)

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原みつるとシャネル・ファイブ


かつて存在したコーラスグループ、ロックバンドである。

「ダイナミック演法」で知られる実力派グループであり、内山田洋とクール・ファイブに強烈な影響を受けたグループとしても知られる。

演奏の技量は非常に高く、原みつるのサポートでは歌謡曲を主に演奏していたが、新田憲幸のボーカルでは歌謡曲、ポップス、スタンダード、ディスコミュージックと実に幅広いジャンルを演奏していた。

「原みつるとシャネル・ファイブ」名義でシングルを5枚、アルバムをオムニバス参加を含めて3枚、原が「平田満」としてソロデビュー後に、「シャネル・ファイブ」名義でシングル1枚、「平田満+シャネル・ファイブ」名義でシングル1枚、アルバム1枚をリリースしている。


稚内ブルース


1971年7月に、原みつるとシャネル・ファイブがリリースしたデビューシングルである。

作詞・作曲藤本卓也

ジャケット表面に「ダイナミック演法第一弾!!」と銘打たれ、演奏の実力を売り物にしており、またジャケット内面には、「知床から稚内へ」「長崎から北海道へ」という文言が書かれ、前年の最大のヒット曲のひとつ加藤登紀子の『知床旅情』、長崎市で結成された当時の人気グループ「内山田洋とクール・ファイブ」が意識されていた。

wikipedia

原みつるは、ソロでは平田満になり、作曲家では幸斉たけしで多くの歌手に曲を提供しています。

(稚内ブルース)は、1988年に鳥羽一郎がリリースしていますが、カバーではなく、まったく違った曲です。






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2018年11月07日

石橋正次(夜明けの停車場)

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石橋正次


大阪市東住吉区出身の俳優・歌手

高校卒業後、上京。1967年10月、新国劇に入団し、舞台俳優の道へ。

1970年、藤田敏八監督に見出され、日活映画『非行少年 若者の砦』の主人公の少年役に起用される。

同年、当時の人気最高潮のボクシング劇画『あしたのジョー』の舞台化、映画化の双方に主演。

また、クラウンレコードから『明日の俺は』で歌手としてもデビュー。

1971年には最高視聴率は55.2%、平均視聴率は47.4%という驚異的な人気を誇ったNHK連続テレビ小説『繭子ひとり』に主人公繭子の生き別れの弟役で出演し、国民的人気となった。


夜明けの停車場


1972年1月25日発売された石橋正次の3枚目のシングルレコード、アルバム「夜明けの停車場/鉄橋をわたると涙がはじまる〜 」に収録されている。

オリコン3週連続1位、1972年度の年間ランキングでも第11位で49.3万枚を売り上げた大ヒットとなった。

同曲で第23回紅白歌合戦に出場している。

Wikipedia

石橋正次は、青春ドラマで活躍したのを、よく覚えています。村野武範主演の『飛び出せ!青春』で大人気になり、この曲もその当時に大ヒットしています。

主要な生徒のひとりである高木を演じた石橋正次は、第14話から第27話までの間(第22・25話を除く)、高木が休学したという設定のもと、出演していない。

これは「夜明けの停車場」の大ヒットにより、石橋が歌手として多忙になったための措置で、第28話で“復学”した後は、準レギュラーとして最終回まで出演している。とのことです。

この曲の大ヒットもよく覚えていて、今でもたまに口ずさんでしまいます。






posted by aritama at 15:01| Comment(0) | 石橋正次