2019年05月17日

内藤国雄(おゆき)

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内藤国雄


兵庫県神戸市出身の将棋棋士、演歌歌手

藤内金吾八段門下、棋聖、王位のタイトルを通算4期(各2期)獲得。竜王戦1組通算3期。順位戦A級通算17期。

内藤の師匠の藤内金吾(ふじうち きんご)は阪田三吉の弟子であるので、内藤は阪田の孫弟子である。

内藤は、これを誇りにしており、ことあるごとに「阪田先生の孫弟子」と語る。

余技である演歌歌手としては、1976年から1977年にかけて「おゆき」が100万枚以上を売り上げる大ヒットとなった。

作曲家、弦哲也にとって、初のヒット作でもある。

当時「棋士の中で最も歌が上手く、歌手の中で最も将棋が強い人物」と称された。

若きころの内藤の歌声をたまたまバーで聴き、その伸びやかな高音と少々ハスキーがかった味わいのある声質にすっかり惚れ込んだ「流し」のボスが、「月10万円出すから(流しの歌い手の)プロになれ」と口説いたという逸話もある。


おゆき


1976年5月1日に発売した内藤国雄のシングル

作詞:関根浩子 作曲:弦哲也

オリジナル盤のシングルレコードのジャケット表面には「歌─日本将棋連盟棋士 九段 内藤国雄」、裏面には「歌 九段!内藤国雄 日本将棋連盟棋士」と記載されている。

オリコンチャート上での週間最高位は21位だったが、100位以内には通算80週間も留まるロングセラーとなった。

wikipedia

その当時の内藤国雄が唄う動画がなかったので、若い頃の内藤国雄はどんな感じなのかと検索したら画像があったので掲載しました。

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棋士にも「異色歌手ブーム」 内藤国雄九段がデビューした

上記のリンクした記事に書いてありましたが、内藤国雄は、10代後半のころ神戸の歌謡教室に通っていたそうですよ、だから歌が上手いのですね

この曲でデビューしたときにキャンペーン活動も全国的に行ったそうです。なのですぐにヒットしたわけではなく、翌年に大ヒットしてミリオンセラーを達成したみたいですね

内藤国雄はそうとうお酒が強いそうですよ


酒豪として有名で、弟子の神吉曰く「自宅で日本酒を1升空けてから外に飲みに行く」ことがざらだった[。早朝まで酒を飲み明かした次の日に、全く二日酔いの素振りも見せず現れることから、同じく酒豪として知られる芹沢博文も「あいつと飲むと殺されそうになる」として酒の強さに脱帽していたという







弦哲也


小金沢昇司


敏いとうとハッピー&ブルー


三善英史



posted by aritama at 15:07| Comment(0) | 内藤国雄