2016年08月02日

ちあきなおみ(夜間飛行)

夜間飛行


1973年6月25日に発売されたちあきなおみのシングルである。

1972年5月発売の『禁じられた恋の島』、1972年9月発売の『喝采』、1973年2月に発売された『劇場』に続き4作連続で作詞を吉田旺、作曲を中村泰士がそれぞれ担当した。

吉田旺と中村泰士のコンビが手がけた「喝采」「劇場」「夜間飛行」の3作品は当時「ドラマチック歌謡」と呼ばれた。

オリコンチャートで15位まで上昇するヒット曲となり、1973年の『第24回NHK紅白歌合戦』では本楽曲が歌唱された。

曲間にはフランス語の機内アナウンスが挿入されており、オルリー空港の名が登場する。

「ドラマチック歌謡」の締めくくりになった本楽曲について、作曲を手がけた中村は「多くの歌手に歌い継がれても遜色ない歌であり、この曲で稀有な歌手と組むことによって喜びとともに湧き上がる作家のジレンマを克服できた。」と語っている。

wikipedia

ちあきなおみといえば、「喝采」です。コロッケが真似をしているので、今の若い人でも「喝采」は知っていると思います。

「劇場」や「夜間飛行」は知っている人は少ないと思います。

私もたぶん八神純子の「夜間飛行」から繋がって知ったと思います。八神純子が ちあきなおみの(夜間飛行)をカバーしているわけではないです。

「夜間飛行」という八神純子の曲があります。この曲も良いですよ。

ちあきなおみの(夜間飛行)も良い曲ですね、坂本冬美、城之内早苗がカバーしています。




ちあきなおみ 1 12CD-1011N



城之内早苗の(夜間飛行)


坂本冬美の(夜間飛行)

posted by aritama at 14:16| Comment(0) | ちあきなおみ

2016年06月02日

ちあきなおみ(四つのお願い)

ちあきなおみ


東京都板橋区出身の元歌手、女優

東京都板橋区出身。3姉妹の末っ子として誕生し、芸事の好きな母の影響で4歳でタップダンスを習い、5歳の時日劇にて初舞台を踏む。

米軍キャンプ、ジャズ喫茶やキャバレーで歌ったり、演歌歌手としての修行をしたり、下積み時代の10代は芸名を変えながら、いわゆるドサ回りで全国を回る。

橋幸夫やこまどり姉妹などの前座歌手も務める。実力のあったちあきは既に、一家にとって大黒柱的存在になっていた。

日本コロムビアのオーディションを受け保留となり、作曲家鈴木淳の元で1年4ヶ月レッスンを受け、21歳の時「雨に濡れた慕情」で歌手デビューした。

デビュー当時のキャッチフレーズは「苗字がなくて名前がふたつ」「魅惑のハスキーボイン」。

芸名は、当時のフジテレビのプロデューサー千秋予四夫(せんしゅう よしお)の姓を「ちあき」と読ませ、坂本龍馬の諱(本名)の「直柔」からなおみとした。


四つのお願い


作詞:白鳥朝詠/作曲:鈴木淳

1970年4月10日に発売されたシングル

ちあきは本楽曲で「第1回日本歌謡大賞」放送音楽賞を受賞。当時のちあきは「お色気アイドル路線」といわれた。また、本楽曲で1970年の『第21回NHK紅白歌合戦』に初出場した。

発売されて1ヶ月ほど経ってオリコンチャートのトップ10内に登場し、3週間後には最高位である4位を獲得。

累計売り上げは37万枚を記録。ちあきにとって初めてのオリコントップ10入りを果たした作品で、レコード売上では、1972年の「喝采」に次ぐ2番目のヒット作となっている。

以上wikipediaより抜粋




ちあきなおみ ベスト PBB-84


posted by aritama at 15:57| Comment(0) | ちあきなおみ