2017年05月02日

森進一(新宿・みなと町)

新宿・みなと町


1979年7月に発売された森進一のシングル

作詞:麻生香太郎/作曲:西谷翔

東京の新宿は海から遠く離れており、一見不自然なタイトルであるが、多くの人々が離れては戻ってくる様子を港町になぞらえている。

この曲のヒットにより森進一の全てのシングルレコードの総売上枚数が1000万枚を突破した。

これはピンク・レディー(1979年)に続くオリコン史上2人目の快挙であり、男性歌手では初めてだった。

TBS「ザ・ベストテン」にもこの曲で初登場。

最高9位にランク、10位以内には通算4週間ランクされた。

また1979年末の「第30回NHK紅白歌合戦」でも、同曲を歌唱披露した。

wikipedia

この曲は、最初の出だしの「新宿はみなと町」という歌詞が、忘れられない曲です。

新宿は何故、みなと町なんだろうとずっと思っていましたが、wikiを読んで納得しました。

森進一は、ポップ調の曲も歌いますが、やはりこの曲のような演歌が一番いいなと感じました。








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2016年05月05日

森進一(襟裳岬)

森進一


鹿児島県鹿児島市出身の歌手、作曲家、社会福祉活動家。

フジテレビ系の「リズム歌合戦」に出場して優勝。チャーリー石黒にその才能を見出され、渡辺プロダクション(ナベプロ)に所属した。

芸名の名付け親はハナ肇であり、本名の「森内」と「一寛」から一字ずつ取り、渡辺晋のシンを進と読み替えて合成した氏名であった。

元は普通の声であり、ルックスもいいことからポップス系でデビューさせる予定でスクールメイツ入りさせた。しかし個性が弱いとして、チャーリー石黒は売れるためには声を潰し、演歌を歌うしかないと森と渡辺プロを説得。

猪俣公章作曲、吉川静夫作詞による「女のためいき」でデビューした。


襟裳岬


作詞は岡本おさみ、作曲は吉田拓郎というフォーク全盛期を代表する黄金コンビによる作品である。

拓郎から「森さんみたいな人に書いてみたい」という話を以前から聞いていて実現に至ったもの。

しかし、ビクターレコード上層部や渡辺プロダクションのスタッフの反応は「フォークソングのイメージは森に合わない」「こんな字余りのような曲は森に似合わない」と評され、吉田もこれ以上直せないところまで推敲を重ねたが、当初はB面扱いだった。

当時の森は、母親の自殺や女性問題から苦境に立たされていたが、当時森と同様のスキャンダルに巻き込まれていた拓郎からの思いやりと、この曲の3番の歌詞に感動した森が当時所属していた渡辺プロダクションのスタッフの反対を押し切り、両A面という扱いに変更して発売した。

累計では約100万枚のレコード売上を記録した。

森は本作で1974年の第16回日本レコード大賞と、第5回日本歌謡大賞の大賞をダブル受賞。

以上wikipediaより抜粋




襟裳岬[EPレコード 7inch]


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