2016年07月26日

八代亜紀(雨の慕情)

雨の慕情


作詞:阿久悠 作曲:浜圭介

1980年に発売された、八代亜紀のシングル

シングルの総売上は「なみだ恋」に続き八代のシングルでは第2位を記録した。

TBS系列『ザ・ベストテン』では唯一の登場曲となった。

前年発表した八代の「舟唄」が男心を歌にしていることに対し、同じく作詞をした阿久悠が女心を歌にしたものとされる。

「舟唄」「港町絶唱」と合わせて哀憐三部作とされた。阿久によると、「舟唄」「雨の慕情」と徐々に評判を高めていき、最終的に「港町絶唱」で日本レコード大賞を狙うつもりであったようである。

だが、結果的には「雨の慕情」が予想以上の大健闘を見せ、多くの音楽賞を受賞することとなった。

オリコン週間9位

第22回日本レコード大賞、第11回日本歌謡大賞、第6回日本テレビ音楽祭・グランプリ、その他多くの賞を受賞している。

wikipedia

八代亜紀といえば「舟唄」と「雨の慕情」ですね、この2曲は40代以上の人なら誰でもが知っていると思います。

読売新聞の「時代の証言者」に、八代亜紀が掲載されていました。それによると、八代亜紀は歌が好きで上手ではあったが、人前にでるのが苦手だったようです。それを克服するためにバスガイドになったそうですが、バスガイドでも最初は失敗し、その後クラブ歌手になり、なかなか売れずに苦労したそうです。

ダメなら歌手を辞める覚悟で『全日本歌謡選手権』に出場し、10週連続勝ち抜きでグランドチャンピオンになって有名になり売れました。

私は歌手とか芸能人というのは、目立ちたがりだからなるのかと思っていましたが、そうではない人もいるんですね!「時代の証言者」は何日間かの連載でした。八代亜紀の全ての記事を読んだ後、私は八代亜紀が大好きになりました。

やはり苦労している人というのは魅力があります。そんなところがトラック野郎に人気があるんでしょうねトラック野郎には、八代亜紀命という人が多いですよね

それから、クラブ歌手時代に五木ひろしと知り合い、今でも仲が良いそうです。

話は違いますが、ちあきなおみの曲に「雨に濡れた慕情」があります。この曲も良い曲なので掲載しておきます。




雨の慕情[LPレコード 12inch]



ちあきなおみの「雨に濡れた慕情」

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2016年05月03日

八代亜紀(なみだ恋)

八代亜紀


熊本県八代市出身の演歌歌手、女優、タレント、画家

芸名は出身地の八代(やつしろ)市から採っている。

幼少の頃から父親の歌う浪曲を子守唄代わりに聴きながら育つ。そうした影響もあり、八代は歌好きの子供になり、地元の歌唱コンクールなどにも出場していた。

八代が小学5年生の時、たまたま父親が買ってきたジュリー・ロンドンのレコードを聴き、そのハスキーボイスに魅せられる。

もともと自身もハスキーボイスの持ち主だった八代は、その声に若干のコンプレックスがあったが、ジュリーの声質に勇気づけられ、クラブ歌手になることを意識するようになる。

中学卒業後、地元熊本のバス会社九州産業交通のバスガイドとして勤務していたが、15歳で父親の反対を押し切り上京。銀座のクラブ歌手となり、スタンダードやポップスなどを歌った。

1971年、テイチクより「愛は死んでも」でデビュー。

オーディション番組『全日本歌謡選手権』に出場、10週連続勝ち抜きでグランドチャンピオンに輝く。


なみだ恋


作詞: 悠木圭子、作曲: 鈴木淳

「夜の新宿 裏通り…」で始まる哀感漂う悲恋を歌った曲で、60万枚の大ヒットとなる。

この曲で八代は1973年(昭和48年)の第15回日本レコード大賞で歌唱賞を受賞し、第24回NHK紅白歌合戦に初出場を果たす。

この曲の大ヒットで八代は一躍人気演歌歌手に躍り出る。

wikipedia






八代亜紀(1) なみだ恋


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