2016年04月23日

瀬川瑛子(命くれない)

瀬川瑛子(命くれない).jpg


瀬川瑛子


東京都渋谷区出身の演歌歌手・女優

1970年に「長崎の夜はむらさき」が50万枚のヒットを記録した。

1983年には、ちあきなおみや細川たかしらとの競作「矢切りの渡し」が30万枚を売り上げる。

そして、1986年には夫婦の情愛を描いた「命くれない」が1987年度オリコンシングルチャート年間1位を記録し、ミリオンセールスを記録して大ヒット。

自身の代名詞的な曲となる(ただ、皮肉にも、歌詞にある「一途に添い遂げる女」とは裏腹に、私生活では結婚生活が破綻して夫とは別居状態に陥っていた。

この時に「この歌を歌う資格があるのか?」などと自問自答し、「初めて歌を歌って苦しい、と感じた」と述べている)。


命くれない


作詞:吉岡治/作曲:北原じゅん

1986年の発売開始当初は鳴かず飛ばずであり、発売時のレコード店からの予約枚数は「1860枚とちょっと」であったという。

しかし、1987年に入ってから徐々に有線で上位にランクされるようになる。1988年1月下旬に100万枚目のレコードをプレスし、累計では170万枚を売り上げた。

この曲の大ヒットにより、1987年暮れの『第38回NHK紅白歌合戦』に瀬川瑛子自身念願の初出場を果たした。

オリコンチャートでは、最も低い年間売り上げ(42万3千枚)と最も低い最高順位(6位)での年間シングルチャート1位(1987年度)に輝いた。

wikipedia

「生まれる前から 結ばれていた そんな気がする 紅の糸」紅はくれないとも読みます。それなら(命くれない)はどういう意味なんだろうと考えたことはありませんか?

答えが下記にありました。

https://75286389.at.webry.info/201002/article_2.html

瀬川瑛子は詩をもらったとき、曲のタイトル「命くれない」の、くれないの意味を図りかねたという。

詩を書いた吉岡治は、「命と結び合う縁(えにし)の紅い糸の紅(くれない)と、命をくれませんか・お互いに命を交換し合いませんかという夫婦の絆の意味を持っているんだよ」と説いた。

これで瀬川瑛子は納得して唄ったという。

オリコン1位の名曲ですね、いい曲です。カバー動画掲載しました。










石川さゆり


島津亜矢


中村美律子


posted by aritama at 14:17| Comment(0) | 瀬川瑛子

2019年03月20日

瀬川瑛子(長崎の夜はむらさき)

瀬川瑛子(長崎の夜はむらさき).JPG


長崎の夜はむらさき


1970年3月に発売した瀬川瑛子の7枚目のシングル

作詞:古木花江/作曲:新井利昌

「作詞家:古木花江」は星野哲郎のペンネームである。

瀬川は1967年に「涙の影法師」でデビュー以来、累計売上約50万枚と初ヒット・シングルとなった。

第3回日本有線大賞・期待賞受賞

Wikipedia

作詞家の古木花江は星野哲郎のペンネームとWikiではなっていますが、星野哲郎夫人と言っている人もいて、どちらが本当なのでしょうね?

この曲がヒットした時は、瀬川瑛子が23歳でした。若い頃の瀬川瑛子可愛いですね

60年代終わりから70年は長崎のヒット曲が多く出ました。「長崎ブルース」「長崎は今日も雨だった」など「思案橋ブルース」も長崎県です。長崎ブームだったようです。

カバー動画掲載しました。梶芽衣子がカバーしていました。









水森かおり


梶芽衣子


野路由紀子
posted by aritama at 15:08| Comment(0) | 瀬川瑛子