2016年04月18日

山本譲二(みちのくひとり旅)

山本譲二


山口県下関市出身の演歌歌手

演歌歌手になりたくて上京。多くの職を転々とする。クラブのボーイ時代、お客の飲み残しのビールを飲み干す。中にはタバコの吸い殻がたくさん入っていた。

肝臓を壊しやむなく帰郷、ひっそりと療養生活を送る。母親の叱咤で強い決意を持ち22歳で再び上京。

再び職を変えながらスナックでギターを手に2年間弾き語りを続ける。たまたま店に来た浜圭介に誘われ芸能界入りした。1974年、映画「ダーティハリー」にかけて、「伊達春樹」という芸名でビクターからシングル「夜霧のあなた」でデビューしたが、パッとせず、崖っぷちに立たされた。

最後の決意で北島三郎の仕事場に何度も足を運び頭を下げ、十数回繰り返したときに北島から突然、鞄(かばん)を渡された。

即ち「鞄持ちになれ」という意味であり、以降2年間北島の付き人を務める(当時の北島はまだ30代前半と若く、筋骨隆々としていたため、甘え容赦ない修行の毎日をすごした)。25歳だった。

これを契機に1976年、読売テレビ制作の歌謡オーディション番組「全日本歌謡選手権」(当時は浜村淳が司会)に出場、「おもいで岬」や「中の島ブルース」などを歌って見事10週勝ち抜いた。

本名でもある「山本譲二」名義でポニーキャニオンから再デビュー。またも鳴かず飛ばずが続く。

1980年、30歳の時に『みちのくひとり旅』をリリース。

北島等からは「この曲で駄目(売れない)なら、もう(歌手を)諦めろ」と言われていたと言う。

しかしこの曲も発売当初は売れずヒットには更に10ヶ月を要した。年を越し1年近くが経過。

1981年、フジテレビの「夜のヒットスタジオ」に注目曲として出演すると大きな反響を呼び大ヒットし、演歌スター歌手への仲間入りをようやく果たす。当時31歳の時だった。


みちのくひとり旅


作詞:市場馨、作曲:三島大輔、

発売から9か月経過した1981年5月4日付のオリコンチャートにて96位に初登場、その約4か月後の8月31日付けで8位とベストテン入り。以降22週に渡りオリコンベスト10入りするというロングヒットとなり、この曲で山本はこの年の『第32回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。

さらにTBS系『ザ・ベストテン』では、最高順位は1981年10月8日放送の第3位だったが、同番組には通算24週間も10位以内にランクインされ、1981年度の年間ベストテンでは、年間第2位にランクされた。

wikipedia

この曲はよくカラオケで歌いました。音域があって歌いやすかったです。






みちのくひとり旅/旅の終りはお前


posted by aritama at 15:45| Comment(0) | 山本譲二