2016年10月14日

真木ひでと(雨の東京)

真木ひでと


福岡県田川市出身の歌手

GSバンド、「オックス」のヴォーカルを務めた後、演歌歌手として活動しているが最近はGSシンガーとしても活動中

1967年、漫画トリオとバックボーン(木村幸弘とバックボーン)に参加。

ジャズ喫茶「ナンバ一番」で「テル・ミー」のパフォーマンスを見たリーダーである福井利男より「日本でビンソンのエコーチェンバーを持ってるのはうちのバンドとスパイダースだけ!」と口説かれ、1967年12月よりバンドに参加するも当時の野口はビンソンが何なのかわかっていなかった。

1968年5月にGSバンド、「オックス」のヴォーカルとしてデビュー。

芸名は野口英世にあやかって野口ヒデトと名乗る。

「ガール・フレンド」「ダンシングセブンティーン」「スワンの涙」」「僕は燃えてる」といったTOP10、TOP20ヒットを出した。

ザ・タイガース、ザ・テンプターズと並び“ GS御三家 ”と称された。

GSブーム中期〜後期には、 沢田研二・萩原健一・野口ヒデトが三大ヴォーカルと呼ばれていた。

1971年5月31日にオックス解散。

同年「仮面」でソロデビュー。

以降は「他になにがある」「夜空の笛」等のシングルを発表し、本人自作の「笑いを忘れたピエロ」が収録されているアルバム「ひでとからあなたに」をリリースする。

1975年、YTV「全日本歌謡選手権」に挑戦、10週を勝ち抜いた。

恩師山口洋子の命名により「真木ひでと」に改名し、「夢よもういちど」で演歌歌手として再デビュー。


雨の東京


1979年リリース。自身初の本格的演歌に挑戦したが、山口洋子自身は「まだ早すぎる」と言って反対したらしい。

カラオケ・有線・レコード共にヒットしロングセラー賞を受賞。

特に有線放送全盛の頃でもあり、耳馴染んだ楽曲でもあるので、この歌が真木ひでとのデビュー曲だと思っている人が多い。

それほど長期間に渡って支持された歌でもあり、カラオケで現在でも歌う人達が多い名作である。

wikipedia

グループ・サウンズのオックスはすごい人気でした。なにしろ失神バンドですから、観客の女性が興奮のあまり失神するというすごさです。

そのボーカルの野口ヒデトが演歌歌手になったのですから、オックスファンは驚いたことでしょう。

でも「全日本歌謡選手権」で10週を勝ち抜いたのですから実力があるということですね

動画はありませんでした。曲をお楽しみください。




DREAM PRICE 1000 真木ひでと 雨の東京


posted by aritama at 15:07| Comment(0) | 真木ひでと
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