2017年07月14日

黒沢年雄(やすらぎ)

黒沢年雄


神奈川県横浜市西区出身の俳優・歌手

1964年、第4期東宝ニューフェイスとして東宝に入社。

俳優を志した理由は「有名になって金持ちになりたかったから」

岡本喜八、福田純、西村潔、松林宗恵などの作品に多く起用されて人気が出る。

テレビドラマでも『ザ・ハングマン』への出演で知られるようになる。

独特の低音声が特徴で、『やすらぎ』と『時には娼婦のように』には大ヒットとなった。


やすらぎ


1975年5月1日発売の黒沢年雄12枚目のシングルヒット曲

作詞・作曲:中山大三郎

wikipedia

黒沢年雄は、若い頃はニヒルなかっこいい俳優でした。この曲はよくスナックなどのカラオケで聴きました。






スター☆デラックス 黒沢年男


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2017年05月02日

森進一(新宿・みなと町)

新宿・みなと町


1979年7月に発売された森進一のシングル

作詞:麻生香太郎/作曲:西谷翔

東京の新宿は海から遠く離れており、一見不自然なタイトルであるが、多くの人々が離れては戻ってくる様子を港町になぞらえている。

この曲のヒットにより森進一の全てのシングルレコードの総売上枚数が1000万枚を突破した。

これはピンク・レディー(1979年)に続くオリコン史上2人目の快挙であり、男性歌手では初めてだった。

TBS「ザ・ベストテン」にもこの曲で初登場。

最高9位にランク、10位以内には通算4週間ランクされた。

また1979年末の「第30回NHK紅白歌合戦」でも、同曲を歌唱披露した。

wikipedia

この曲は、最初の出だしの「新宿はみなと町」という歌詞が、忘れられない曲です。

新宿は何故、みなと町なんだろうとずっと思っていましたが、wikiを読んで納得しました。

森進一は、ポップ調の曲も歌いますが、やはりこの曲のような演歌が一番いいなと感じました。








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2017年04月25日

西田佐知子(女の意地)

西田佐知子


大阪府大阪市城東区生まれの元歌手

帝国女子高等学校(現:大阪国際滝井高等学校)卒業後、西田佐智子の名で歌手デビュー。

それ以前には、「浪花けい子」の名で活動したこともあった。

代表作「アカシアの雨がやむとき」は、60年安保当時の世相を表現するテーマ曲のように扱われており、その物憂げな歌声はニュース映像のBGMで使用されることが多く見受けられる。

1971年3月24日の結婚後は仕事をセーブし、オリジナル作品のほか歌謡曲・演歌・ニューミュージックなどのカバー作品も発表し、レコーディング活動が中心となっていたが、1982年発売のシングルレコード「テレビを見ている女」を最後に、現在は専業主婦となっている。

1990年には、作詞家としての活動があった。


女の意地


1965年12月に発売された西田佐知子のシングルレコードである。

作詞・作曲: 鈴木道明

「女の意地」は西田本人が好んで歌い、1970年から1971年頃にリバイバル・ヒット。

1970年12月には、新たに録音し直し「赤坂の夜は更けて」とのカップリングでない「女の意地/傷ついた花びら」も発売された。

1970年大晦日の『第21回NHK紅白歌合戦』でも披露され、翌年に入り大ヒットし40万枚を売り上げた。

wikipedia

少し暗い歌ですが、いい曲です。「こんなに別れが苦しいものなら 二度と恋などしたくはないわ」の出だしは、いまだに忘れることができない詞で、昔からたまに口ずさんでしまいます。

残念ながら西田佐知子が歌っている動画はありませんでした。曲をお楽しみください。

この曲は名曲なのでしょう。多くの歌手がカバーしています。その中から、ちあきなおみのカバーを掲載しました。




女の意地 [EPレコード 7inch]




posted by aritama at 14:26| Comment(0) | 西田佐知子